矢岳第一トンネル 矢岳駅と真幸駅の間にあり、矢岳駅を出て最初のトンネルが、矢岳第一トンネルです。明治42年11月21日開通、全長2,096メートルのこのトンネルは、肥薩線で最も長いトンネルとして知られております。また、南側へ向けて25パーミルの下りの片勾配となっています。この勾配と、人里離れた山奥ということもあり、資材搬入の便の困難さ、そして水分の多い凝灰岩のために湧水が多く、工事はかなり難航しました。この工事は、現在の青函トンネル工事に匹敵する大工事だったと言われています。 トンネルの人吉側には、当時の逓信大臣・山縣伊三郎の揮毫で「天険若夷」(てんけんじゃくい)、吉松側には、鉄道院総裁・後藤新平の揮毫で「引重致遠」(いんじゅうちえん)の扁額が取り付けられています。これらの言葉を繋げて読むことにより、「天下の難所を平地であるかのように工事したおかげで、重い貨物であっても、遠くまで運ぶことができる」という意味になっています。この2人の名前は、観光列車「いさぶろう」「しんぺい」号としても有名です。 この、矢岳第一トンネルから矢岳第二トンネルまでの間の車窓からの風景は、日本三大車窓の一つとして数えられており、快晴時には桜島まで見渡すことのできるその絶景は一見の価値ありの素晴らしさです。
「引重致遠」が記された吉松側